金栗四三(ストックホルムオリンピック代表)マラソンギネス記録とは?

この記事は2分で読めます

こんばんは^^
今日はお買い物をしました。先日、お気に入りのお茶碗を割ってしまうという事件があったため、しばらく新しいものを探していたのですが、やっと自分好みのものを発見することができました!これでまた、美味しくご飯が食べられる^^食器で気分が変わる単純な人なんですw

さて、話は変わりますが、宮藤官九郎さんが、
大河ドラマをプロデュースするようですね!
テーマは「オリンピック」「東京」とのこと!
日本人で初めてオリンピックに出場したのが、ストックホルムオリンピックで、
なんと代表はたったの2人だったらしいです(・Д・)ノ
今では考えられない少なさですよね(・Д・)ノ
2人だけなら、それぞれのことについて、調べてみようと思いました★
今回は、金栗四三(かなぐり しそう)さんについてです!

ちなみに、もう一人の選手、三島弥彦さんについての記事はこちらです。
よろしければご覧ください^^
三島弥彦(ストックホルムオリンピック代表)の記録や経歴は?

スポンサードリンク

金栗四三のプロフィール

生年月日:1891年8月20日(〜1983年まで)
出身:熊本県
*ストックホルムオリンピックに日本人代表として出場
*「マラソンの父」と言われている。
*大阪のグリコの看板のモデルの一人

日本人オリンピック初出場ってすごいですね。
当時は今のようにネットはなかったですから、
前情報なしで挑むんですもんねぇ。

しかも、海外に行くというのも、
おそらく初めての経験だったのではないでしょうか…?

また、グリコの看板ってあれですよね!大阪の!
そのモデルでもあったとは驚きです(・Д・)ノ
今まで知りませんでしたが、偉大な人物なんですね。

スポンサードリンク

ストックホルムオリンピックの記録の真相は?ギネス?

マラソンの選手として出場されたのですが、
その記録がなんと…!

54年と8ヶ月6日5時間32分20秒3

…え(・Д・)ノ???

これがギネス記録かー!
(登録されているのかは定かではない。)

いったい何が起きたのでしょうか???

ストックホルムオリンピックでは、レース途中で日射病により意識を失って倒れたところを通りかかった人が発見し、近くの農家で介抱された。金栗が目を覚ましたのは既に競技が終わった翌日の朝であった。このため金栗はレースを諦めざるを得ず、そのまま帰国した。

引用

あらら…日射病でしたか…
通りかかって介抱してくださった方は、命の恩人でしょうね。
当時は大変だったかもしれませんが、無事で何よりです。

でも、なぜ棄権したにもかかわらず、55年間も録られていたのでしょうか…?

それは、今のようにスマホのない時代ならではなのかもしれせんが、
金栗さんの棄権の意思がオリンピック委員会に伝わっておらず、
「競技中に失踪し行方不明」として扱われていたそうです。

そして、そのことにオリンピック委員会が気がついて、
ストックホルムオリンピック55周年記念式典に
金栗選手が招待され、1967年3月21日にゴールテープを切ったそうです。

その時に、こんなアナウンスがあったそうです。
ウケました(・Д・)ノ

「日本の金栗、ただいまゴールイン。タイム、54年と8ヶ月6日5時間32分20秒3、これをもって第5回ストックホルムオリンピック大会の全日程を終了します」

引用

最後に…

最後までお読みいただきありがとうございました^^
オリンピックのような大会には、ハプニングはつきものですよね。
それにしてもびっくりなマラソンの記録でした。
宮藤官九郎さんの手にかかると、このエピソードはどんな風になるんでしょうか?
楽しみです^^

スポンサードリンク

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • LINEで送る

関連記事

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。