三島弥彦(ストックホルムオリンピック代表)の記録や経歴は?

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こんばんは^^
今日は、イベント企画のための会議がありました。新しいアイディアを出すのは得意じゃないので、会議前にいろいろと資料を用意しておいたら、予想外に感謝されて、結構有意義な話し合いになりました♪苦手分野をどうにかカバーできたようで、一安心しました。

さて、今日も気になるニュースがありました。
宮藤官九郎さんが、大河ドラマをプロデュースするようですね!
テーマは「オリンピック」「東京」とのこと!
日本人で初めてオリンピックに出場したのが、ストックホルムオリンピックで、なんと代表はたったの2人だったらしいです(・Д・)ノ
今では考えられない少なさですよね(・Д・)ノ
2人だけなら、それぞれのことについて、調べてみようと思いました★
今回は、三島弥彦さんについてです!

ちなみに、もう一人の出場者、金栗四三さんについてはこちらにまとめましたので、
よろしければご覧ください^^
金栗四三(ストックホルムオリンピック代表)マラソンギネス記録とは?

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ストックホルムオリンピック

日本が初めて参加したオリンピックは、ストックホルムオリンピックでした。
オリンピックとしてもまだ第5回目の開催とのこと。
当時の日本はまだ、外国に行って”スポーツ”をするなんて、考えられない時代だったようです。
また、海外に選手を送り出す費用の関係もあり、代表が2名だけとなったそうです。

プチ情報を発見☆

入場行進時のプラカード表記は「NIPPON」であった。

「NIPPON」の表記はこの大会のみで、以降のオリンピックは全て「JAPAN」となっている。

引用

…へぇ〜。って思ったので載せました。笑

『NIPPON』もかっこいいですけどね!

 

開催日:1912年5月5日から7月27日

出場者は2名
*三島弥彦
(陸上、短距離)
*金栗四三
(陸上、マラソン)

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三島弥彦(みしま やひこ)のプロフィール

生年月日:1886年2月23日(〜1954年まで)
出身:東京
競技:陸上、短距離

身長が170cmほどあり、スポーツ全般で活躍をしていたそうです。
(野球、ボート、スキー、乗馬、スケート、相撲など…)
当時平均身長が155cmくらいだった日本では、かなり存在感があったようですね(・Д・)ノ

今、男性が155cmだったら結構背が低いなと感じてしまいますが、
昔はそれが平均だったと思うと、130年で日本人の身長はだいぶ伸びましたね!
そのことにも驚きです!

オリンピック出場の結果

100m 1次予選敗退
200m 1次予選敗退
400m 準決勝棄権

かなり残念な結果です。。。
ちなみに、400mは、準決勝まで行ったのに、
どうして危険をしてしまったのでしょうか???

調べたところ、このような情報がありました。

「右足の痛み激しきが為」棄権してしまった。
近年の資料では「精神的肉体的困憊のため」あるいは「勝機無しと見たため」を理由に掲げるものの方が多い。

引用

諸説あり。という感じですが、
初めての海外での競技にはかなり精神的にも肉体的にもストレスやプレッシャーがあったのだと思います。
リオオリンピックてたくさんの選手がメダルを持ち帰ってくれましたが、
そうなるまでにはいろんな歴史があるんだと知りました。

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最後に…

最後までお読みいただきありがとうございました☆
宮藤官九郎さんの大河ドラマにこのエピソードも出てくるのでしょうか?!
あまちゃんに続き、おもしろい作品を期待しています^^

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